暴露!情報社会の影と暗闇!

高橋信次(たかはし しんじ)先生の「著書」や「心行」「祈願文」は如来界の波動を示していた!

(-。-)y-゜゜゜やっぱしそうか。


ま、そんなこたぁ~、昔から知っとったよ!


まぁ、ここだけの話・・・


平成3年10月26日。福井での園頭広周(そのがしら ひろちか)師の講演会にローリングテストの研究をしているグループの人達が訪ねて来た。


このグループは、誰が本当の神理を説いているか。全人類の中で誰が一番精神性が高いかを研究しているグループだという。


彼らは言った!


「この表をつくるのは10万回テストをした。まだ実験中なので正式に発表するまでには至っていない。」云々と・・・


さて、その表には日本の精神界に影響を持っている人達がズラリと書かれている。そして精神性の高い順に記入されているが、なんと人類最高の波動を持つのは高橋信次と書かれていた。


高橋信次(たかはし しんじ)先生の「著書」や「心行」「祈願文」は如来界の波動を示していた!

その下にピタリとくっついて書かれていたのは園頭広周師だった。彼らは高橋信次師も園頭広周師のことも全く知らなかった。


書店で本を見つけテストしたに過ぎない。


それで、園頭広周師とはどのような人物だろうかと思って講演会場に訪れたと言うのだ。


その後・・・


平成3年12月25日。大阪にも生命の波動を研究しているグループがあり園頭広周師を訪ねてきた。


「心行」をテストしてみたところ、高橋信次師の生命の波動と同じになるという。そして心行を唱えた直後の人の波動を計ると最も高い如来界の波動になった。


しかし、しばらくすると、またその人の本来の波動に返ってしまうという。


けれども、自分の低い波動でも心行を何回も唱えることによって如来界の波動にまで上げることを続ければ良いことになるのでは?


とワテは思うケド・・・


さて、この2つのグループは特別に宗教団体に属しているわけでもなく、良識的に神理を求めている人達であり、精神界・宗教界を第三者の立場で公平に見ているグループという。


そして、今日に至るまで・・・


世界中に、あらゆる角度から「波動」を研究している団体(グループ)が、それこそ星の数ほど存在するといわれているが・・・


やっぱし、後にも先にも「高橋信次」師を超える人物は存在しないとのこと。


高橋信次(たかはし しんじ)先生の「著書」や「心行」「祈願文」は如来界の波動を示していた!

「心の指針!」


(o_ _)oドテッ!


まぁ、ここだけの話・・・


そ、そんなこたぁ~ワテこと「仙光寺 恵美サンマ」としては「生まれる前から知ってたよ!」マジにね・・・


高橋信次(たかはし しんじ)先生の「著書」や「心行」「祈願文」は如来界の波動を示していた!

「心の対話!」


まだ、まだ沢山持ってたケド・・・


ブックオフに売ってもぅたよ。


(^-^ゞ めった!


「心行」とは?


心行(しんぎょう)は昭和五十一年に亡くなられた高橋信次先生が、生前に天上の世界から素晴らしい正しい法をお受けになり、私たち一般の凡夫でも分かるように言霊(ことだま)として表し、書き残していただいたものです。


この心行には偉大な力が秘められております。私たちの心がいらいらする時、或いは苦しみの中にある時、心を鎮めて読んで頂きますと、心に安らぎを頂くことが出来ます。


また親しい方がお亡くなりになったときに、心から「よく聞いて下さい。そして自分の心に目覚めて下さい。」とお伝えしてから読ませて頂きますと、亡くなったお方さえ救われて頂けます。


憑依現象という目に見えない世界のものが、私たちの心や体中に災いを起こしてきた時も、「心行」を心から読ませて頂きますと、憑依霊が救われて楽にしてもらえます。


そういう不思議な力が秘められておりますので、皆様も、もし親しいお方、縁或るお方が亡くなられた時は心から読んであげて頂いたらよろしいかと思います。


亡くなった方でさえ救われて頂くのですから、私たち肉体を持った者が、本当にその意味を理解して、「このように生きなければいけない、このように生活しなくては」と、日々の生活に実践しました時は、必ず救われます。


ただし、正法(しょうほう)からはずれた想念、行為、言葉をもって正法を語っておりましても、これは正しくありません。正見、正思、正語、そして正しい行いこそがいちばん大事かと思います。


※長尾 弘 著「心行の解説」講演集上より


心行(しんぎょう)


心行は宇宙の真理、人間の心を言霊(ことだま)によって表現したものである。


それゆえ心行は、拝むものでも暗記するものでもなく、これを理解し行うものである。


正法は実践の中にこそ生命が宿ることを知れ。


われ今、見聞(けんもん)し正法(しょうほう)に帰依(きえ)することを得たり。


広大なる宇宙体は万生万物の根元にして、万生万物相互の作用により転生輪廻(てんしょうりんね)の法に従う。


大宇宙大自然界に意識あり、意識は大宇宙体を支配し、万生万物をして調和の姿を示さん。


万生万物は広大無辺な大慈悲(だいじひ)なり。


大宇宙体は意識の当体にして意識の中心は心なり。


心は慈悲(じひ)と愛の塊(かたまり)にして、当体・意識は不二なることを悟るべし。


この大意識こそ、大宇宙・大神霊・仏なるべし。


神仏なるがゆえに当体は大神体なり 。


この現象界における太陽系は、大宇宙体の小さな諸器官のひとつにすぎず、地球は小さな細胞体なることを知るべし。


当体の細胞なるがゆえに細胞に意識あり。


かくのごとく、万物すべて生命にしてエネルギーの塊(かたまり)なることを悟るべし。


大宇宙体は大神体なるがゆえに、この現象界の地球も神体なり。


神体なるがゆえに、大神殿なるべし。


大神殿は万生、魂の修行所なり。


諸々の諸霊(しょれい)みなここに集まれり。


諸霊の輪廻は三世の流転(るてん)。


この現象界で己の魂を磨き神意に添った仏国土(ぶっこくど)、ユートピアを建設せんがためなり。


さらに宇宙体万生が、神意にかなう調和のとれた世界を建設せんがため、己の魂を修行せることを悟るべし。


過去世、現世、来世の三世は生命流転の過程にして永久(とわ)に不変なることを知るべし。


過去世は、己が修行せし前世、すなわち過ぎ去りし実在界と現象界の世界なり。


現世は生命、物質、不二の現象界、この世界のことなり。


熱、光、環境、一切を含めてエネルギーの塊にして、われら生命意識の修行所なり。


神仏より与えられし慈悲と愛の環境なることを感謝すべし。


来世は次元の異なる世界にして現象界の肉体を去りし諸霊の世界なり。


意識の調和度により段階ありこの段階は神仏の心と己の心の調和度による光の量の区域なり。


神仏と表裏一体(ひょうりいったい)の諸霊は光明に満ち 実在の世界にあって、諸々の諸霊を善導(ぜんどう)する光の天使なり。


光の天使すなわち、諸如来(しょにょらい)、諸菩薩(しょぼさつ)のことなり。


この現象界は神仏よりいっさいの権限を光の天使に 委(ゆだ)ねしところなり。


光の天使は慈悲と愛の塊にして、あの世、この世の諸霊を導かん。


さらに、諸天善神(しょてんぜんじん)あり。 諸々の諸霊をいっさいの魔より守り正しき衆生を擁護(ようご)せん。


肉体を有する現世の天使は、諸々の衆生に正法真理(しょうほうしんり)を説き調和の光明へ導かん。


この現象界におけるわれらは、過去世において己が望み、両親より与えられし肉体という船に乗り人生行路の海原へ、己の意識、魂を磨き神意の仏国土(ぶっこくど)を造らんがため生まれ出でたることを悟るべし。


肉体の支配者は己の意識なり、己の意識の中心は心なり、心は実在の世界に通じ、己の守護、指導霊が常に善導(ぜんどう)せることを忘れるべからず。


善導せるがために己の心は己自身に忠実なることを知るべし。


しかるに、諸々の衆生は己の肉体に意識、心が支配され己が前世の約束を忘れ、自己保存、自我我欲に明け暮れて己の心の魔に支配され、神意に反しこの現象界を過ぎ行かん。


また、生老病死の苦しみを受け己の本性も忘れ去るものなり。


その原因は煩悩(ぼんのう)なり、煩悩は、眼、耳、鼻、舌、身、意、の六根が根元なり。


六根の調和は常に中道を根本として己の正しい心に問うことなり。


己の正しい心に問うことは反省にして、反省の心は己の魂が浄化されることを悟るべし。


己自身は孤独にあらず、意識の中に己に関連せし守護、指導霊の存在を知るべし。


守護、指導霊に感謝し、さらに反省は己の守護、指導霊の導きを受けることを知るべし。


六根あるがゆえに己が悟れば菩提と化すことを悟るべし。


神仏の大慈悲に感謝し万生相互の調和の心が神意なることを悟るべし。


肉体先祖に報恩供養の心を忘れず、両親に対しては孝養(こうよう)を尽くすべし。


心身を調和し常に健全な生活をし、平和な環境を作るべし。


肉体保存のエネルギー源は万生を含め動物、植物、鉱物なり、このエネルギー源に感謝の心を忘れず日々の生活のなかにおいて己の魂(たましい)を修行すべし。


己の心、意識のエネルギー源は、調和のとれた日々の生活のなかに、神仏より与えられることを悟るべし。


己の肉体が苦しめば心脳乱し、わが身楽なれば情欲に愛着す、苦楽はともに正道成就の根本に非ず、苦楽の両極を捨て中道(ちゅうどう)に入り、自己保存、自我我欲の煩悩を捨てるべし。


いっさいの諸現象に対し、正しく見、正しく思い、正しく語り、正しく仕事をなし、正しく生き、正しく道に精進し、正しく念じ、正しく定に入るべし。


かくのごとき正法の生活のなかにこそ、神仏の光明を得、迷いの岸より悟りの彼岸(ひがん)に到達するものなり。


このときに神仏の心と、己の心が調和され心に安らぎを生ぜん。


心は光明の世界に入り三昧(さんまい)の境涯に到達せん。


この諸説は末法万年の真理なることを悟り、日々の生活の師とすべし。


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